お知らせ

ハイブリッド証券の格付について
2012.09.10
株式会社日本格付研究所(JCR)は、06年9月1日にハイブリッド証券の格付における基本的な目安を示す文書(リリース番号06-D-416、以下「06年公表文書」)を公表していますが、その後、様々な発行体からハイブリッド証券の発行が進んできたことを踏まえ、このたび、繰延条項に関連する部分を中心に、目安の明確化を行うこととしました。本文書の内容は06年公表文書に優先しますが、06年公表文書の内容を変更するものではなく説明の明確化を行うものであり、これに伴う個別格付の変更はありません。

1.格付記号とその運用
ハイブリッド証券そのものに格付を行う場合、格付の記号には、長期個別債務格付の記号を準用する。ただ、記号が表す内容は、通常の債券格付の場合は「当初約定通りの債務履行の確実性」であるのに対し、ハイブリッド証券格付の場合は「期日における利息・配当および元本の支払いの確実性」となる。繰延条項という当初の約定に基づいて利息・配当等が繰り延べられても、通常は当該証券の「デフォルト(債務不履行)」にはあたらない。しかし、利息・配当等の期日どおりの支払いを重視する投資家のニーズがあることから、ハイブリッド証券格付においては、このような繰り延べが行われた場合にも「D」の格付記号を付与することとし、このような状態までの距離を、格付記号を用いて表すこととする。なお、繰延条項に基づき利息・配当等の繰り延べが行われても、通常はデフォルトにはあたらないことから、繰り延べ自体をもって長期発行体格付を「D」または「LD」としない。
繰延条項なしの期限付劣後債の元利の不払い、繰延条項付きであっても条項の定める繰延事由が発生する前の利息・配当等の不払いなどはデフォルトであり、この時の長期発行体格付は「D」または「LD」とする。

2.ハイブリッド証券の格付の目安
ハイブリッド証券の格付においては、①一般債務よりも発行体破綻時の請求権順位が劣後しており、回収可能性が低いこと(劣後性)、②繰延条項に基づき利息・配当等が繰り延べられる可能性が、債務のデフォルトに陥る可能性よりも通常高いこと(繰り延べの可能性)に注目し、これらのリスクを、長期発行体格付(債務者の包括的な債務履行能力を評価した格付で、債務の契約内容、債務間の優先劣後関係、回収可能性の程度は考慮していない)より低く格付することで織り込む。
ハイブリッド証券格付の、長期発行体格付からのノッチ差の目安としては、劣後条項付き・繰延条項なしの証券については、原則1 ノッチ以上、劣後条項付き・繰延条項付きの証券については原則2 ノッチ以上とすることとする。長期発行体格付が「BBB」レンジ以上で、(繰延条項付について)繰延事由抵触の可能性が低いと判断される場合には、劣後条項付き・繰延条項なしの証券で通常1 ノッチ、劣後条項付き・繰延条項付きで通常2 ノッチとする。
劣後条項付き・繰延条項付きの証券でも、繰延事由が一定のストレスを想定した下でも抵触する蓋然性が相当に低いと判断される場合や、繰り延べあるいは繰延事由への抵触自体が発行体の事業運営に大きな支障をもたらすと予想され、発行体がそのような事態を回避する傾向が非常に強いと判断されたりする場合には、ノッチ差を1 にとどめることもある。自己資本比率8%割れを繰延事由とする短期劣後債(TierⅢ債)が、財務力が良好で金融システムにおけるプレゼンスも大きい銀行により発行されている場合がその典型と言える。
また、特定のトリガーに抵触した場合に株式等の下位証券への転換または元本の減額が強制的に行われる、コンティンジェント・キャピタル商品については、回収可能性と、元本の繰り延べとみなすこともできる元本削減等までの距離に着目し格付を付与していく。コンティンジェント・キャピタル商品のうち、バーゼルⅢ適格のTierⅡコンティンジェント・キャピタル商品の格付の目安については11年11月17日公表の「バーゼルⅢ適格のTierⅡコンティンジェント・キャピタル商品の格付と資本性評価」を参照されたい。

図表1 (図表付きリリース参照)

3.ハイブリッド証券格付と長期発行体格付のノッチ差が拡大するケース
繰延条項付証券について繰り延べの可能性が高まれば、長期発行体格付とのノッチ差を拡大する。繰延事由が非常に厳格に(抵触しやすく)規定されているケース、財務内容が悪化し繰延事由に抵触しそうな一方で当該証券以外の一般債務については親会社の支援により債務履行の確実性が極めて高いとみられるケースなどでは、長期発行体格付の高低にかかわらず、ノッチ差は拡大しやすい。
繰延事由が比較的緩やかであっても、長期発行体格付が上位とはいえない水準となれば、ノッチ差の拡大を検討することがある。損益・財務が著しく悪化している状況では、強制繰延事由に抵触する可能性が高まっている場合に限らず、任意繰延のみが繰延条項に規定されている場合でも、発行体の任意に基づく繰り延べが行われる可能性があると考えるためである。
近年は任意繰延のみを繰延条項に定めるハイブリッド証券も多くみられるが、JCRでは当該企業の任意繰延条項に対するスタンスを確認した上で、損益・財務の状況により繰り延べの蓋然性を適宜ノッチ差に反映させる方針である。特に、実質的に分配可能額が枯渇しその回復の見通しが立たないような損益・財務状況にあっては、株主による繰延要求が高まると考えられる。このような状況下では、劣後条項付き・(任意)繰延条項付きで3ノッチ、あるいはそれ以上とする。もっとも、単体決算上の分配可能額が格付時点において枯渇しているからといって直ちにノッチ差を3以上に広げるわけではない。株主の属性からみて株主による繰延要求が強くないと判断される、近い将来における分配可能額の回復が発行体の事業・収益状況から見通せる、単体における分配可能額のグループ会社を通じた確保が連結ベースの実態的な資本の状況などから見通せるといった場合はノッチ差を拡大しないことがある。また、発行体の属性やスタンスを検討した結果、繰延に踏み切る蓋然性が極めて低いとJCRが判断する場合は、実質的に分配可能額が枯渇しその回復の見通しが立たないような損益・財務状況であっても、ノッチ差を広げないことがある。たとえば、銀行発行の永久劣後債のように、任意繰延に踏み切ることが発行体の資金調達等、ひいては事業継続に重大な支障をきたすことなどが考えられる場合がこれに該当するであろう。
破綻の蓋然性が高まり長期発行体格付が低位になるとともに、請求権順位やバランスシートの分析などから上位債務との回収可能性の差が明らかに拡大しているとみられる場合には、劣後性評価の観点からノッチ差を拡大することになる。長期発行体格付が「BB」レンジ以下で、上位債務との回収可能性の差も拡大しているとみられる場合、劣後条項付き・繰延条項付きで通常3ノッチ以上とする。

図表2 (図表付きリリース参照)

(担当)炭谷 健志・涛岡 由典・杉浦 輝一

12d0423

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